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AIは何でもできる。ではデザイナーは何をするのか
芸術・デザイン

AIは何でもできる。ではデザイナーは何をするのか

数年前まで、デザインの仕事には膨大な手作業があった。素材を一つひとつ起こし、Webデザインを整え、それを動かすための軽いコーディングまで、人の手が要った。 今はその多くをAIが担う。画像も動画も生成できる。Claudeのようなツールのデザインシステムを使えば、UIさえ立ち上がる。正直に言えば、「作る」という工程の大半は、もう人間が引き受ける必要がなくなりつつある。 AIは、なんでもできる。 ——では、人間には何が残るのか。 それでも残る、たった一つの問い AIに「どう作るか」を聞けば、無限に答えが返ってくる。配色も、構図も、コードも、いくらでも。 けれど、AIは「何をしたいか」を持っていない。 なぜこれを作るのか。何のために、誰に向けて、自分はどんな世界を見たいのか。その根源の問いに、AIは答えを差し出すことはできても、それを欲することはできない。欲望がないからだ。デザインの本体が「どう作るか」ではなく「何を作りたいか」にあるのだとしたら、AIがどれだけ進化しても、その中心は空席のまま残る。座れるのは人間だけだ。

KOUKI TOMIOKA KOUKI TOMIOKA
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AI時代に資格を取るべきか?
テクノロジー

AI時代に資格を取るべきか?

──変化の速い時代の学び方 生成AIの登場以降、「AIに仕事を奪われる」という言葉を耳にする機会が増えた。 その不安への対策として、 「AI資格を取ろう」 「プロンプトエンジニアになろう」 「AIを学ばなければ置いていかれる」 という話もよく見かける。 私も一度はそう考えた。 もしAIが仕事を変えてしまうなら、AIを使う側に回ればいいのではないか、と。 しかし考えているうちに、別の疑問が浮かんだ。 AIの進歩はあまりにも速い。 今日学んだ知識が、数年後どころか数か月後には古くなっていることもある。 そう考えると、「AIの資格を取ること」が本当に未来への備えになるのだろうか。 資格を求めるのは不安への対処かもしれない 資格そのものを否定したいわけではない。 資格が必要な仕事もあるし、体系的な学習の助けになることもある。 ただ、AI関連の話題を見ていると、資格取得が目的になってしまっているケースも少なくないように感じる。 技術が変わる。 不安になる。 資格を取る。 また技術が変わる。 さらに新しい資格を取る。 このサイクルは終わりがない。 本当に

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