すべての記事

人手不足なのに、仕事が見つからないのはなぜか
社会・経済

人手不足なのに、仕事が見つからないのはなぜか

「人手不足が深刻化している」 そんなニュースを目にする機会が増えた。 人材を採用できない企業。従業員が不足する店舗。担い手の確保が難しくなっている仕事。 一方で、仕事を探していても、なかなか採用されない人もいる。 希望する条件に合う求人がない。経験が足りないと言われる。応募しても選考を通過できない。 人が足りないのであれば、働きたい人には仕事が見つかりそうなものだ。 しかし、現実はそれほど単純ではない。 企業は人を必要としている。それでも、採用に至らない。 働きたい人がいる。それでも、仕事に就けない。 一見すると矛盾しているようだが、この二つは同じ社会の中で起こり得る。 人手不足とは、本当に人の数だけの問題なのだろうか。 人手不足の社会で、何が起きているのか 2026年10月14日、経済協力開発機構(OECD)が『Mapping Skill Shortages in OECD Countries』という報告書を公表した。 OECDに加盟する国々を中心とした38か国の労働市場について、どの職業で人材が不足し、どのような技能が求められているのかを分析したものだ。

KOUKI TOMIOKA KOUKI TOMIOKA
12 min read
身体の中まで、デジタル化するのか
テクノロジー

身体の中まで、デジタル化するのか

飲み込めるセンサーから考える、身体とデータの境界 自分の身体なのに、その中で何が起きているのか、私たちは意外と知らない。 お腹が痛い。 なんとなく調子が悪い。 食事をしたあと、身体が重く感じる。 そうした変化を感じることはできても、身体の内部で何が起きているのかを正確に知ることは難しい。 病院へ行けば、検査によって身体の状態を調べられる。しかし、日常生活の中で、身体の内部を継続的に観察することは簡単ではない。 もし、小さな錠剤を飲むだけで、身体の中の温度や酸性度などを記録できるとしたら。 そんな技術の実現に向けた研究が進んでいる。 これまで身体の外側から調べていた情報を、身体の内側から取得する。 それは医療技術の進歩であると同時に、私たちと自分自身の身体との関係を、少し変えるものなのかもしれない。 身体の中で、時間を刻む小さな回路 2026年10月8日、京都大学と大塚製薬の共同研究グループが、飲み込んで体内を計測する「デジタル錠剤」に向けた、新しい半導体回路の開発を発表した。 今回開発されたのは、極めて小さな電力で動くタイマー回路だ。 デジタル錠剤で身体の

KOUKI TOMIOKA KOUKI TOMIOKA
9 min read
「直すこと」を、個人の努力にしない
社会・経済

「直すこと」を、個人の努力にしない

お気に入りの靴の底が、少し剥がれてしまった。 まだ履けるし、見た目も気に入っている。できれば、このまま使い続けたい。 けれど、修理しようと思うと、意外と分からないことが多い。 どこへ持っていけばいいのか。いくらかかるのか。何日くらい預けることになるのか。そもそも、修理できるものなのか。 調べているうちに、新しい靴を買った方が簡単なのではないかと思い始める。 インターネットで注文すれば、価格もサイズも分かる。早ければ翌日には、新しいものが届く。 一方、修理は問い合わせてみなければ分からないことが多い。 物を大切にしたいという気持ちはある。それでも、新しく買うことを選んでしまう。 私たちは本当に、物を捨てたくて捨てているのだろうか。 新しく買うことは簡単になった 私たちの生活は、以前よりずっと便利になった。 欲しいものがあれば、スマートフォンで探せる。 価格を比較し、レビューを確認し、数回の操作で注文できる。 その裏側には、決済システムや物流網、倉庫、在庫管理など、多くの仕組みが存在している。 新しいものを買うという行為が簡単なのは、決して偶然ではない。 長

KOUKI TOMIOKA KOUKI TOMIOKA
8 min read
「スクリーンタイム」という数字だけでは、もう足りない
生活

「スクリーンタイム」という数字だけでは、もう足りない

スマートフォンのスクリーンタイムを開く。 「今日の使用時間は、5時間12分」 その数字を見ると、少し使いすぎたような気持ちになる。 昨日より30分多い。SNSを1時間以上見ている。週平均も少し伸びている。 画面を見ていた時間が数字になると、長ければ悪く、短ければ健康的であるように感じてしまう。 けれど、その5時間の中身が、本を読んだ1時間と、仕事でデザインをしていた1時間と、家族と話した30分と、目的もなく動画を眺めていた1時間だったとしたら。 それらをすべて「スクリーンを見ていた5時間」とまとめてしまっていいのだろうか。 一枚の画面に、いろいろな時間が入っている 少し前まで、生活の中の道具はもっと分かれていた。 本を読むなら本があり、映画を見るならテレビがあり、誰かと話すなら電話があった。写真を撮るならカメラを使い、知らない場所へ行くなら地図を開いた。 今は、その多くが一枚の画面の中に入っている。 スマートフォンひとつで、本を読み、ニュースを調べ、写真を撮り、音楽を聴き、誰かと話し、買い物をし、仕事をすることまでできる。 それなのに利用時間を測るときだけは、

KOUKI TOMIOKA KOUKI TOMIOKA
5 min read
それは、いつからゴミになったのか
生活

それは、いつからゴミになったのか

オスロの「Material Ecologies – Surplus」から考える、素材と廃棄の境界 ビルを建てるために、地面を掘る。 土はトラックに積まれ、建設現場から運び出される。 ついさっきまで街の一部だったものが、その場所から取り除かれた瞬間、「余ったもの」として扱われるようになる。 けれど、その前と後で土そのものが大きく変わったわけではない。 では、それはいつからゴミになったのだろう。 地面の下にある「余剰」 ノルウェー・オスロの建築文化施設ROMでは、2026年8月31日から9月20日まで「Material Ecologies – Surplus」というプロジェクトが行われた。 オスロ建築デザイン大学(AHO)のMaterial Ecologiesスタジオとの共同企画で、展示であると同時に、学生や研究者が素材を調査し続けるワーキングラボでもある。 対象になったのは、都市の大規模な建設工事から生まれる大量の土だ。 オスロ各地から採取した土を観察し、混ぜ、固め、試験する。そうして、これまで処分対象として扱われてきたものを、建築部材や新しい建設システムの材料とし

KOUKI TOMIOKA KOUKI TOMIOKA
4 min read
働いてさえいれば、食えた
エッセイ

働いてさえいれば、食えた

日本人の"ゆるさ"を、環境から想像してみる 大学の日本史の講義で使うテキストを読んでいた。本郷和人さんの『日本史でたどるニッポン』。淡々とページをめくっていた手が、ある一節で止まった。日本人の性格の話だった。 本郷さんはこう論じている。私たちの住むこの島は、地政学的に外から攻め込まれることが少なかった。気候も、シベリアの寒さやインドの暑さのような極端さがなく、おおむね温暖だ。水源に恵まれ、農産物もよく育つ。つまり——働いてさえいれば、食えた。 食うために誰かと激しく奪い合う必要が薄かった、という話だ。 ここで一つ、言葉を置いておきたい。ある集団の性質を、その土地の気候や地形から説明しようとする見方を「環境決定論」と呼ぶ。人の気質は環境が作る、という考え方だ。本郷さんの語り口も、この系譜に近いところにある。恵まれた土地が、激しく争わない気質を育てたのではないか、と。 対比として持ち出されるのが、中国の科挙だ。試験一発で官僚の地位が決まる、苛烈な実力主義の制度。ここでは血筋より結果がものを言う。生き残るために、人は競争する。いっぽう日本では、地位が親から子へと受け継がれる世襲の文

KOUKI TOMIOKA KOUKI TOMIOKA
3 min read
タイパ時代、あえて「遠回り」をする贅沢
生活

タイパ時代、あえて「遠回り」をする贅沢

朝、湯を沸かす。豆を挽く。フィルターに粉を落とし、細く湯を注いで、蒸らしを待つ。時計を見れば、コーヒーが一杯できあがるまでにおよそ十分。ボタンひとつのマシンなら、その間に三杯は淹れられる。 それでも、この十分間を手放したくないと感じる朝がある。湯気の立ちのぼり方、粉がふくらむ様子、部屋に広がる香り。効率だけを尺度にすれば「無駄」としか言いようのない時間の中に、なぜか、一日のどの瞬間よりも静かな充足がある。 この感覚は、いったい何なのだろうか。 「タイパ」という言葉が生まれた背景 タイパ——タイムパフォーマンスの略語が広く使われるようになって、数年が経つ。映画やドラマの倍速視聴、数十秒で完結するショート動画、本の要約サービス。かけた時間に対してどれだけの成果や満足を得られたか、という物差しが、消費のあらゆる場面に浸透した。 この傾向を「現代人の余裕のなさ」と切って捨てるのは簡単だが、それはおそらく正確ではない。観たい作品、読みたい本、追いかけたい情報は、一人の人間が一生かけても消化しきれない量で日々生まれ続けている。限られた時間の中で何かを選ぶことは、何かを諦めることと同義に

KOUKI TOMIOKA KOUKI TOMIOKA
4 min read
なぜ私たちはショート動画をやめられないのか
生活

なぜ私たちはショート動画をやめられないのか

電車の中で、ふと画面を見た。ショート動画を開いてから、もう40分が経っていた。 面白かったかと聞かれても、うまく答えられない。次々に流れてきた動画の内容は、ほとんど覚えていない。それなのに、指はまだ画面の上でスワイプを続けようとしている。疲れているはずなのに、なぜまた開いてしまうのだろう。 SNS疲れ、と一括りにする前に 「SNS疲れ」という言葉は、いろいろな原因を一つの箱にまとめてしまいがちだ。人間関係の比較、通知の多さ、返信のプレッシャー——原因は一つではない。 今回はその中でも、いま最も注目されている要因、ショート動画への依存に絞って考えてみたい。 情報は、もともと命に関わるものだった なぜ、大した内容でもない動画を見続けて、私たちは快感を覚えてしまうのか。 一つの見方として、こう考えられている。通信も文字もなかった時代、人は情報を得ることで命を守っていた。あの川は増水していて危険だ。あの方角には猛獣がいる。そうした情報を早く手に入れられるかどうかが、生死を分けた。だから人間の脳は、新しい情報を得ること自体に報酬を感じるよう、長い時間をかけてつくられてきた——と

KOUKI TOMIOKA KOUKI TOMIOKA
3 min read
「辞める」を、自分の口で言えないとき
生活

「辞める」を、自分の口で言えないとき

2025年の秋、ある大手の退職代行サービスの運営会社が、弁護士法違反の疑いで捜索を受けたと報じられた。サービスそのものの是非を超えて、「退職を、他人に代わってもらう」という行為がここまで生活に入り込んでいたのか、と多くの人が改めて気づいた出来事だったように思う。 退職代行とは、辞めたい本人に代わって、第三者が会社へ退職の意思を伝えるサービスのことだ。料金は数万円程度。新入社員を含む若い世代を中心に、利用は年々広がっている。 そして、この話題には決まってひとつの言葉がついてくる。「根性がない」「キャリアに傷がつく」。自分で言えないなんて――という見立てだ。間違いとは言いきれない。けれど、「代行を使う=根性なし」と一括りにできるのかどうかは、もう少し丁寧に見たほうがいい気がする。 そもそも、会社の許可は要らない まず、見落とされがちな前提から確かめておきたい。 期間の定めのない雇用(いわゆる正社員)であれば、退職の意思を伝えてから2週間が経てば、理由を問わず辞めることができる。会社の承認は必要ない。就業規則に「1ヶ月前までに申し出ること」「会社が承認したとき」と書かれていても、

KOUKI TOMIOKA KOUKI TOMIOKA
6 min read
なぜ日本は電子投票が進まないのか
社会・経済

なぜ日本は電子投票が進まないのか

焼きソーセージで投票するオーストラリアと、世界の選挙のかたち 選挙の日、投票所のそばで誰かがバーベキューをしている。香ばしい煙のなかでソーセージを焼き、パンに挟んで売る。投票を済ませた人がそれを片手に立ち話をして、また誰かが列に並んでいく——。 これはオーストラリアの、ごくありふれた選挙の風景だ。「デモクラシー・ソーセージ」と呼ばれるこの習慣は、いまでは選挙の名物になっていて、地域の学校や団体にとっては一年で最大の募金イベントになることもある。投票は土曜日に行われ、雇い主は従業員に投票のための時間を与えることが求められる。選挙が、義務であると同時に、ちょっとしたお祭りでもある。 日本の投票所を思い浮かべてみると、その空気の違いに少し驚く。静かで、事務的で、紙に名前を書いて、折りたたんで、箱に入れる。同じ「一票を投じる」という行為が、国が変われば、ここまで表情を変える。 では、その投票の「やり方」そのものを、テクノロジーで変えていく動きはどうなっているのだろう。電子投票である。 そもそも「電子投票」とは何か ここで言葉を整理しておきたい。「電子投票」と聞いて多くの人が想像す

KOUKI TOMIOKA KOUKI TOMIOKA
5 min read
AIは何でもできる。ではデザイナーは何をするのか
芸術・デザイン

AIは何でもできる。ではデザイナーは何をするのか

数年前まで、デザインの仕事には膨大な手作業があった。素材を一つひとつ起こし、Webデザインを整え、それを動かすための軽いコーディングまで、人の手が要った。 今はその多くをAIが担う。画像も動画も生成できる。Claudeのようなツールのデザインシステムを使えば、UIさえ立ち上がる。正直に言えば、「作る」という工程の大半は、もう人間が引き受ける必要がなくなりつつある。 AIは、なんでもできる。 ——では、人間には何が残るのか。 それでも残る、たった一つの問い AIに「どう作るか」を聞けば、無限に答えが返ってくる。配色も、構図も、コードも、いくらでも。 けれど、AIは「何をしたいか」を持っていない。 なぜこれを作るのか。何のために、誰に向けて、自分はどんな世界を見たいのか。その根源の問いに、AIは答えを差し出すことはできても、それを欲することはできない。欲望がないからだ。デザインの本体が「どう作るか」ではなく「何を作りたいか」にあるのだとしたら、AIがどれだけ進化しても、その中心は空席のまま残る。座れるのは人間だけだ。

KOUKI TOMIOKA KOUKI TOMIOKA
3 min read
なぜ「推し」や「MBTI」で自分を定義する?
エッセイ

なぜ「推し」や「MBTI」で自分を定義する?

なぜ私たちは「推し」や「MBTI」に自分を見出そうとするのか ― 所属を失った時代のアイデンティティ探し ― 最近、「推し活」や「MBTI診断」が当たり前のように話題になっています。 SNSのプロフィールには「INFP」「ENTJ」といった文字が並び、好きなアイドルやアニメキャラクター、アーティストを中心にコミュニティが形成されています。 もちろん、それ自体は楽しい文化です。 しかし、少し引いた視点で見てみると、そこには現代社会の大きな変化が映し出されているようにも感じます。 なぜ私たちは、自分がどこに属しているのかを知りたがるのでしょうか。 なぜ「私は○○タイプです」「私は○○推しです」と表明したくなるのでしょうか。 それは単なる流行ではなく、「自分は何者なのか」という問いに対する現代人なりの答え探しなのかもしれません。 昔は「所属」が先にあった 少し前の時代まで、人は自分が何者なのかをそこまで深く考えなくても生きていくことができました。 なぜなら、所属が先に与えられていたからです。 例えば、 地域社会 家族 学校 会社 宗教 地縁や血縁 などです。

KOUKI TOMIOKA KOUKI TOMIOKA
5 min read