タイパ時代、あえて「遠回り」をする贅沢
朝、湯を沸かす。豆を挽く。フィルターに粉を落とし、細く湯を注いで、蒸らしを待つ。時計を見れば、コーヒーが一杯できあがるまでにおよそ十分。ボタンひとつのマシンなら、その間に三杯は淹れられる。 それでも、この十分間を手放したくないと感じる朝がある。湯気の立ちのぼり方、粉がふくらむ様子、部屋に広がる香り。効率だけを尺度にすれば「無駄」としか言いようのない時間の中に、なぜか、一日のどの瞬間よりも静かな充足がある。 この感覚は、いったい何なのだろうか。 「タイパ」という言葉が生まれた背景 タイパ——タイムパフォーマンスの略語が広く使われるようになって、数年が経つ。映画やドラマの倍速視聴、
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