社会・経済

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働いてさえいれば、食えた
エッセイ

働いてさえいれば、食えた

日本人の"ゆるさ"を、環境から想像してみる 大学の日本史の講義で使うテキストを読んでいた。本郷和人さんの『日本史でたどるニッポン』。淡々とページをめくっていた手が、ある一節で止まった。日本人の性格の話だった。 本郷さんはこう論じている。私たちの住むこの島は、地政学的に外から攻め込まれることが少なかった。気候も、シベリアの寒さやインドの暑さのような極端さがなく、おおむね温暖だ。水源に恵まれ、農産物もよく育つ。つまり——働いてさえいれば、食えた。 食うために誰かと激しく奪い合う必要が薄かった、という話だ。 ここで一つ、言葉を置いておきたい。ある集団の性質を、その土地の気候や地形から説明しようとする見方を「環境決定論」と呼ぶ。人の気質は環境が作る、という考え方だ。本郷さんの語り口も、この系譜に近いところにある。恵まれた土地が、激しく争わない気質を育てたのではないか、と。 対比として持ち出されるのが、中国の科挙だ。試験一発で官僚の地位が決まる、苛烈な実力主義の制度。ここでは血筋より結果がものを言う。生き残るために、人は競争する。いっぽう日本では、地位が親から子へと受け継がれる世襲の文

KOUKI TOMIOKA KOUKI TOMIOKA
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なぜ日本は電子投票が進まないのか
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なぜ日本は電子投票が進まないのか

焼きソーセージで投票するオーストラリアと、世界の選挙のかたち 選挙の日、投票所のそばで誰かがバーベキューをしている。香ばしい煙のなかでソーセージを焼き、パンに挟んで売る。投票を済ませた人がそれを片手に立ち話をして、また誰かが列に並んでいく——。 これはオーストラリアの、ごくありふれた選挙の風景だ。「デモクラシー・ソーセージ」と呼ばれるこの習慣は、いまでは選挙の名物になっていて、地域の学校や団体にとっては一年で最大の募金イベントになることもある。投票は土曜日に行われ、雇い主は従業員に投票のための時間を与えることが求められる。選挙が、義務であると同時に、ちょっとしたお祭りでもある。 日本の投票所を思い浮かべてみると、その空気の違いに少し驚く。静かで、事務的で、紙に名前を書いて、折りたたんで、箱に入れる。同じ「一票を投じる」という行為が、国が変われば、ここまで表情を変える。 では、その投票の「やり方」そのものを、テクノロジーで変えていく動きはどうなっているのだろう。電子投票である。 そもそも「電子投票」とは何か ここで言葉を整理しておきたい。「電子投票」と聞いて多くの人が想像す

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