「人手不足が深刻化している」
そんなニュースを目にする機会が増えた。
人材を採用できない企業。従業員が不足する店舗。担い手の確保が難しくなっている仕事。
一方で、仕事を探していても、なかなか採用されない人もいる。
希望する条件に合う求人がない。経験が足りないと言われる。応募しても選考を通過できない。
人が足りないのであれば、働きたい人には仕事が見つかりそうなものだ。
しかし、現実はそれほど単純ではない。
企業は人を必要としている。それでも、採用に至らない。
働きたい人がいる。それでも、仕事に就けない。
一見すると矛盾しているようだが、この二つは同じ社会の中で起こり得る。
人手不足とは、本当に人の数だけの問題なのだろうか。
人手不足の社会で、何が起きているのか
2026年10月14日、経済協力開発機構(OECD)が『Mapping Skill Shortages in OECD Countries』という報告書を公表した。
OECDに加盟する国々を中心とした38か国の労働市場について、どの職業で人材が不足し、どのような技能が求められているのかを分析したものだ。
報告書によると、特に人材不足が目立つのは、情報通信技術の専門職、医療従事者、教員などである。
一方、比較的低い技能水準に分類される職業では、人材の供給が需要を上回る傾向も見られた。
つまり、すべての仕事で一様に人が不足しているわけではない。
ある分野では人を必要としているのに、別の分野では働き手が余っている。
同じ労働市場の中で、異なる状況が同時に存在している。
なお、この報告書は主に2024年までのデータを使用しており、2026年時点の雇用状況を直接示すものではない。また、職業ごとの不足や過剰の状況は国によって異なる。
それでも、人手不足を考えるうえで重要なことが見えてくる。
仕事があることと、その仕事に就けることは同じではない。
例えば、ITエンジニアを募集している企業があったとする。
その仕事には、特定の技術や実務経験が必要になる。
一方、仕事を探している人が、その経験を持っているとは限らない。
反対に、必要な技能を持っていても、給与や勤務地などの条件が合わなければ、その仕事を選ばないこともあるだろう。
企業が必要としている人材と、働く人が持っている能力や希望する条件。
その間に違いがあると、求人が存在していても採用には結びつかない。
こうした状態は、労働市場の「ミスマッチ」と呼ばれている。
足りないのは、技能だけなのか
人材不足の原因として、よく挙げられるのが技能の不足だ。
企業が求める専門知識を持った人がいない。
新しい技術に対応できる人が少ない。
経験のある人材を採用できない。
こうした問題は、確かに存在している。
しかし、人が集まらない理由は、本当にそれだけなのだろうか。
例えば、求人があっても、勤務地が遠ければ通勤できない人がいる。
給与が生活に必要な水準に届かなければ、その仕事を選ぶことは難しい。
休日や勤務時間が家庭の事情と合わない場合もある。
必要な技能を持っていても、働くための条件が整っていなければ、仕事には結びつかない。
OECDの報告書でも、人材不足の背景として技能の違いだけでなく、厳しい労働条件や柔軟性の乏しい働き方など、仕事そのものの魅力に関わる問題が指摘されている。
ここで考えたいのは、「人手不足」という言葉が持つ意味だ。
例えば、ある企業が人材を募集していても、提示された給与や勤務条件では応募者が集まらないとする。
その状況は、人が足りないと表現できる。
しかし、別の見方をすれば、その条件で働きたいと思う人が少ないとも言える。
もちろん、すべての企業が簡単に給与や待遇を改善できるわけではない。
人件費を増やせば、商品やサービスの価格にも影響する。事業そのものを維持することが難しくなる場合もあるだろう。
それでも、働く人の技能を問題にするのであれば、企業が提示する条件についても考える必要がある。
人手不足は、働く人の側だけでなく、仕事を用意する側からも考えなければならない。
この視点がなければ、問題を解決する方法も限られてしまう。
AIは、仕事に必要な能力を変えていく
さらに、技術の進歩によって、仕事で求められる能力そのものも変化している。
その代表的なものがAIだ。
文章を書く。
情報を整理する。
画像を制作する。
プログラムを生成する。
これまで人が手作業で行っていた仕事の一部を、AIによって補助できるようになった。
例えば、Webサイトを制作する仕事を考えてみる。
以前は、コードを一から書くことが重要な作業の一つだった。
現在では、AIを利用することで、その一部を短時間で生成できる場合がある。
しかし、コードが生成できれば、それだけでWebサイトが完成するわけではない。
誰のために作るのか。
どのような情報が必要なのか。
使いやすい構造になっているのか。
生成されたコードに問題がないか。
公開後も安全に運用できるのか。
こうしたことを考える必要がある。
AIによって、一部の作業を行う方法が変わっても、仕事全体がなくなるとは限らない。
むしろ、同じ職業の中で、必要とされる技能の組み合わせが変わる可能性がある。
そして、ここに新しい問題が生まれる。
仕事に必要な能力が変わる速度に、人間の学習は追いつけるのだろうか。
企業は新しい技能を持つ人材を求める。
しかし、その技能を学ぶには時間がかかる。
学校や職業訓練の内容が変わるにも時間が必要だ。
働きながら新しい技術を学ぶことも、誰にとっても簡単なことではない。
さらに、AIが作業を補助できるようになることで、これまで新人が経験を積んでいた仕事の一部が変化する可能性もある。
もし、企業が経験豊富な人材ばかりを求めるようになれば、経験を積む前の人は、どこで仕事を覚えればいいのだろう。
技術が進歩することと、人が育つ仕組みが整うことは、必ずしも同じではない。
学び続ける責任は、誰にあるのか
こうした変化の中で、よく耳にするのが「リスキリング」という言葉だ。
新しい技能を身につけること。
変化する仕事に合わせて学び直すこと。
働き続けるために、自分の能力を更新していくこと。
どれも重要な考え方だと思う。
しかし、ここで少し気になることがある。
学び続けることは、働く人だけの責任なのだろうか。
例えば、これまでとは異なる職種へ転職したい人がいるとする。
必要な資格を調べ、講座を受講し、仕事の合間に勉強を続ける。
数か月、あるいは数年かけて、新しい知識を身につける。
それでも、求人に「実務経験3年以上」という条件があれば、応募できる仕事は限られてしまう。
学ぶことはできても、経験を積む場所がない。
経験がなければ採用されず、採用されなければ経験を積めない。
そんな状況が生まれることもある。
2026年6月にOECDが公表した『A Skills-First Labour Market』では、学歴や資格だけでなく、実際に持っている技能を重視する採用や人材育成の考え方が整理されている。
例えば、学校で学んだ知識だけでなく、仕事や日常の活動を通じて身につけた能力を評価すること。
職歴の名称だけではなく、具体的に何ができるのかを確認すること。
必要な技能を段階的に学べる仕組みを整えること。
こうした取り組みは、企業が必要な人材を見つけやすくするだけでなく、働く人が新しい仕事へ進む機会を広げる可能性がある。
もちろん、専門的な資格や教育が必要な仕事もある。学歴や資格による評価そのものが不要になるわけではない。
大切なのは、一つの基準だけで人の能力を判断しないことだろう。
同時に、技能を正しく評価するためには、企業側にも判断する仕組みが必要になる。
求める能力を明確にする。
未経験者が学べる機会を用意する。
入社後の教育や研修を整える。
働く人が、仕事を通じて新しい経験を積めるようにする。
こうした取り組みも、人材不足への対応の一つになるはずだ。
学び続けることが重要な社会ならば、学び続けられる環境も必要になる。
新しい技能を持つ人が必要なら、その人を育てることも、社会の仕事ではないだろうか。
仕事を、人に合わせるという考え方
もう一つ、考えてみたいことがある。
私たちは仕事を探すとき、自分が企業の条件に合っているかを考える。
必要な資格を持っているか。
求められる経験があるか。
指定された時間に働けるか。
勤務地へ通えるか。
もちろん、仕事をする以上、必要な条件があるのは当然だ。
しかし、企業が求める条件だけを基準にすると、働く人の生活が見えにくくなることもある。
例えば、能力は十分にあっても、育児や介護のために長時間勤務が難しい人がいる。
経験は豊富でも、転居を伴う働き方は選べない人がいる。
新しい技術を学ぶ意欲があっても、現在の仕事や生活に追われ、十分な時間を確保できない人もいるだろう。
こうした人たちが働けない理由は、必ずしも能力不足ではない。
働く条件と、その人の生活が合っていないこともある。
2026年7月の『OECD Employment Outlook 2026』でも、住んでいる地域によって雇用機会が大きく異なることが指摘されている。
同じ能力や資格を持っていても、どこに暮らしているかによって、仕事を見つけられる可能性は変わる。
つまり、労働市場の問題は、技能だけでは説明できない。
どこに仕事があるのか。
どのような条件で働けるのか。
どのような生活を維持できるのか。
そうした要素も、働くことを左右している。
企業が人を採用できないとき、必要な能力を持つ人を探すことは重要だ。
しかし、それだけでなく、仕事の進め方や勤務条件を見直すこともできるかもしれない。
勤務時間を柔軟にする。
業務を分担し直す。
一人の人材に求めていた役割を整理する。
必要な技能を、入社後に身につけられるようにする。
すべての仕事で実現できるわけではないが、働く人を企業の条件に合わせるだけではなく、仕事の側を人に合わせて設計し直すという考え方もある。
人材不足を解消する方法は、人を探し続けることだけではないのかもしれない。
人が足りない社会に、本当に必要なもの
人手不足だと言われる一方で、仕事を見つけられない人がいる。
その理由は、一つではない。
企業が求める技能と、働く人が持つ技能が違う。
仕事がある場所と、働ける場所が違う。
企業が提示する条件と、生活に必要な条件が違う。
そうした違いが重なることで、仕事と人が結びつかなくなる。
もちろん、人口減少によって働く人の数が少なくなる問題もある。
長い教育期間が必要な専門職もある。
企業の努力だけでは解決できない、社会全体の課題も存在している。
だからこそ、人手不足という言葉だけで問題をまとめてしまわないことが重要なのだと思う。
働く人が足りないのであれば、どのような人が必要なのか。
その能力を持つ人は、本当にいないのか。
すでに働いている人の能力を、十分に生かせているのか。
新しい人材を育てる仕組みはあるのか。
そして、その仕事は、働く人が生活を続けられる条件になっているのか。
こうした問いを重ねることで、人手不足という問題の見え方は変わってくる。
働く人に学び続けることを求めるなら、学べる環境を整えること。
企業が新しい能力を求めるなら、その能力を育てること。
そして、必要な能力を持つ人がいても働けないのであれば、仕事の条件を見直すこと。
それぞれの立場に、できることがある。
仕事とは、企業のために存在するものでも、働く人のためだけに存在するものでもない。
社会に必要な役割を担いながら、働く人の生活を支えるものでもある。
だから、企業が必要とする人材と、個人が望む働き方が、どこかで重なり合うことが大切なのだと思う。
人手不足の社会に必要なのは、働く人を増やすことだけではない。
すでにある能力を生かし、新しい能力を育て、それぞれの生活に合った働き方を選べること。
人が足りないのではなく、人と仕事を結びつける仕組みが足りない場面もあるのかもしれない。
参考資料
2. OECD(2026)『A Skills-First Labour Market』
3. OECD(2026)『OECD Employment Outlook 2026: Geographic Disparities in Jobs and Incomes』